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2012年01月29日

三条ラーメンと三条燕ラーメン

ご無沙汰しておりました。

タイトルの記事ですが、今はやりのカレーラーメンとは全く異なるお話です。

ソースは知人の話です。

知人の話では、燕三条地域のラーメンには2種類のものがあるそうです。
それがタイトルの三条ラーメンと三条燕ラーメンなのですが。

三条ラーメンはいわゆる支那そば的なもので、魚介だしのあっさりスープに細麺というものです。


特徴的なのは三条燕ラーメンのほうです。
こちらは燕三条地域の職人さん用に改良?をされたラーメンのようで、うどんもビックリな太麺と油たっぷりの濃口スープが特徴です。
おかもちで職人さんのところまで運んでいく間に冷めないように油が多めなんだとか。麺が極太なのはのびにくくするためでしょうか?
また、塩分補給の為にスープがかなりしょっぱめにしてあるそうです。

この二種類のラーメンがよく混同されて間違われるそうで、欲しかったラーメンと違うものが出てきて、なんじゃこりゃとなることも、たまーにあるとか。

三条燕ラーメン、試したことがないかたは是非一度食べてみてください。
その麺の太さに驚くと思います。  

Posted by きたゆき at 02:06Comments(0)食い物

2011年12月31日

平成23年 年の瀬

大晦日です。

昨年の今頃、来年波乱の年になると書きましたが、正直ここまでとは思っていませんでした。
災害に関して言えば、関東東北の太平洋側の津波もありましたが、九州の新燃岳の噴火、台風12号とそれに関連する被害等、大変な年でした。

ただ、今回の東日本の震災で新潟県による福島県からの避難された方の受け入れが、震災において小さくない役割をしたのではないかと感じています。新聞の報道や支援に行った方からの情報を元に書きますが、福島県から避難された方は北関東ではなく新潟県に多く来られたと聞いています。
新潟県はこの10年間近くで度重なる災害にみまわれましたが、その中で培った避難所の開設のやり方等の経験が生かされたのではないかというお話しも伺いました。

災害の経験を風化させないということは、悲惨な体験談を語り継ぐ方法もあるかと思いますが、その環境の中で何が役に立ったか、どう振る舞ったかといった経験の蓄積や集約も必要なのではないかと思います。人の命を救うのは感情論ではなく実績に基づくノウハウではないかと…


来年はどうなるのか。正直申し上げてもう一波乱あるのではないかと個人的には心配しております。

楽観的なことは、敢えて申し上げません。
今出来ること、やるべきことを冷静に判断し、来るべきその時に備えて実力を蓄え磨きをかけていきましょう。
来年、皆様が無事に過ごされることを御祈り申し上げます。

本年はきたゆきの新潟県放浪記を御愛読頂きましてありがとうございました。
来年もどうぞ宜しくお願い致します。

それでは、良い年明けをお迎え下さい。  

Posted by きたゆき at 19:26Comments(0)

2011年12月28日

県境 関越トンネル (ちょっとだけ注意点)

群馬県と新潟県の県境、谷川岳の下をくぐる関越トンネルです。
自動車道のトンネルとしては日本で指折りの長さだそうです。
全長およそ11キロメートル。

これだけの長さのトンネルであるため、ちょっと他のトンネルとは違うルールがあります。

まず、中で事故が起きた場合、事故処理を安全に行うなどの理由から、車線規制はせずに通行止めにしてしまいます。このような場合、トンネルの前に信号機があるのですが、それが赤に変わります。


高速道路に信号機がついているのは珍しい。

また、トンネル内で危険物積載車両が事故を起こすと危険なため、危険物積載車両(核燃料を除く)は通行禁止だそうです。

トンネル内で停電があると危ないので右と左のライトの電気は、違う電力会社からひいているそうな。
ちょっとでも停電のリスクを減らすためらしいです。

トンネル内はラジオや携帯電話が使えるそうです。



そして、この時期に気を付けなければならないのが、金属チェーンを巻いた車は走行禁止ということ。金属チェーンを着けている場合は、上り線なら土樽PA、下り線なら谷川岳PA でチェーンを外さなくてはいけないそうです。
しかもこの時期の関越道は土樽~長岡ぐらいまでは大雪のため、冬タイヤかチェーンを着けてないと走れない事がほとんどで、群馬方面の道路でもチェーン規制があったりすると、

チェーンで走る→PA でチェーン取り外し→関越トンネル→PA でチェーン装着→チェーン走行

みたいなことも有り得るかも。
なので、関越トンネルを初めて使う際には気をつけて。

別件ですが、下り線の谷川岳PA には谷川岳の湧水?が飲める水道があります。

  

Posted by きたゆき at 00:40Comments(0)中越

2011年12月13日

三条のお稲荷さん?

三条の友人からお稲荷さんをもらいました。


三条特有とのこと。

特徴として、まずは大きさ。
5×5×10(cm)ぐらいです。
湯沢の爆弾おにぎりより若干小さいぐらい。
中身は酢飯と人参、ひじき、くるみです。
外側の茶色いのは油揚げです。

くるみがいい味を出しています。

他の地域にはあるでしょうか?  

Posted by きたゆき at 21:51Comments(0)食い物

2011年11月23日

湯沢町放浪記

先日、越後湯沢をぶらぶらしてきました。この時期に来るのは初めて。
新潟県でも沿岸部や平野部では紅葉した瞬間に特有の雨風で落葉して、ぐちゃぐちゃになってしまいます。
湯沢の紅葉はまだ残っていました。かさかさの落ち葉を踏むのも久しぶり。
山の上の方は雪が積もっていました。
私は湯沢の人間ではないのでこの辺の気候には暗いのですが、この時期は雨は降らずに雪なのでしょうか?

初雪


紅葉


お稲荷さま


こちらの神社のお狐様ですが、雪対策の為か鉄の簡易建屋のようなものがかけられていました。
一応写真中央に少し写っています。

ちなみに、雪がふるとこの神社はこうなります。
過去の記事
http://yukiyakonkon0809.niiblo.jp/index_archives.php?entry_id=48623&category_id=1902


湯沢町の温泉街には無料の足湯がちらほらあります。

今まで色々な町を歩いてきましたが、湯沢は町のアピールの力の入れ方が違うというか、慣れているというか、魅力を感じます。昔から三国街道の宿場町だった素地があるからでしょうか。
無理してないというか、自分達の魅力を心得ていらっしゃいます。  
タグ :商店街観光

Posted by きたゆき at 20:51Comments(0)中越

2011年10月23日

青海川の神社にて

先日、久しぶりに青海川駅に行ってきました。
日本で一番海に近い駅。

この駅の上に国道の赤い鉄橋が架かっています。
今回の記事のタイトルにある神社は鉄橋の真下にあります。
鳥居には諏訪神社と書いてあったと記憶しています。
中越沖地震で拝殿が壊れてしまい、立ち入り禁止になっていたのですが、
今回行ったら修理が終わっていました。

そこにいた狛犬様がちょっと変わっていたので写真を撮らせていただきました。
ちょっと可愛い姿の気がします。
阿吽の行になっています。
ちなみに阿吽(あうん)の阿は口を開けて最初にでる言葉の音、吽(うん.ん)は口を閉じて最後に出る言葉の音を表し、それぞれ、宇宙の始まりと終わりを示すものらしい。





お邪魔致しました。  

Posted by きたゆき at 20:42Comments(0)柏崎市

2011年10月09日

幻魚(げんぎょ) を食べてみた。



幻の魚と書いて「げんぎょ」と読みます。
噂には聞いたことがありましたが、ひょんなことから食べる機会があったので。
写真は焼き物です。シシャモより少し大きめ。
油が程よく乗っていますが、後味はさっぱりしていました。
ほのかに磯の香りもしました。シシャモのように頭から尻尾まで食べられます。

生の状態は見たことがなく、私の地元のスーパーでもうっていないのですが、別に字のごとく珍しい魚でも高級魚でもないらしいです。なんでも、底曳き網漁で狙いもせず引っ掛かってくる魚なんだとか。

スズキ目ゲンゲ亜目ゲンゲ科ノロゲンゲ属という種類の魚らしく、ノロゲンゲのノロはのろまの意味であるとか
face07
ちょっとかわいそうな名前ですが、美味しい魚なので、機会があったらお試しください。
  

Posted by きたゆき at 23:10Comments(0)食い物

2011年09月11日

黄金のじゅうたん

新潟県、中越、下越は稲刈りが始まったようです。
この時期の田んぼを見ると落ち着きます。
すぐに刈られてしまうので、あまり長い期間は見られませんが。
農業関係の知人の話では、知っている限りでは、一等米ばかりとのこと。
水害で水につかってしまった場所は落ちているけてど、新潟のお米が全滅したわけではないので。とのことでした。

車窓からみていると、時々田んぼの中に雑草が生えていて心配になりますが…(粟・ひえがお米に混じると等級が下がって高く売れない。)

新米が楽しみです。
自分は、仕事を頑張って、ガッツリ稼いで、美味しいお米にを沢山買って沢山頂き、元気のもとにさせていただきたく思います。


  

Posted by きたゆき at 20:44Comments(0)食い物

2011年08月28日

越後の大名展に行ってきました

先日、越後の大名展を見に、新潟県立歴史博物館に行ってきました。写真はクイズに正解するともらえる家紋シールです。

大変興味深い内容でした。
昔の街道と今の国道の関係。城の位置と城を造った理由。大名の出身地やプロフィールの話。大名の領地等々。

城下町の地図なども多数展示されていました。
自分は時々商店街の町歩きをしたりしますが、その時の地図と今回見た地図を頭の中で重ね合わせると、一致する場所や今も変わらずのこる交差点等を発見することができて楽しかったです。

何気なく見ている町の風景もちゃんと理由があってそうなっているんですよね。

欲を言うと、大名が各地で行った政策なんかも見られたらもっと楽しかったかなと(新田開発、村上の鮭、三条の和釘等)

自分の町のルーツを知る貴重な手がかりになるかもしれません。

  

Posted by きたゆき at 23:58Comments(2)長岡市

2011年08月21日

大宮売神

久しぶりに絵を書いてみます‥‥

お名前:大宮売神 (大宮女神)
読み方:オオミヤノメノカミ
神社:伏見稲荷大社
:各地の稲荷神社
神格:市場、食物、お店の神様

もともとは宇迦之御魂神をまつる巫女さんだったというお話もあります。
現在は伏見稲荷大社などにまつられています。デパートの屋上のお社などにまつられることもあるそうです。今度さがしてみようかな‥‥‥‥


少し前にテレビで見たのですが、お社というのは基本的には、土の地面と接していなければならないというお話を聞きました。

そんなわけで、屋上の社の下に土をひき、土を詰めた配管を地面まで延ばして社と地面をつないでいる場所もあるとのこと。

ちなみに、一番大きい稲荷神社、すなわち伏見稲荷大社の御祭神は複数柱いらっしゃるそうです。
「お稲荷さん」と一口に言っても、いつもお狐さまと一緒の宇迦之御魂神だけを示すものではないそうです.
  

Posted by きたゆき at 21:42Comments(0)神社の神様

2011年07月18日

石川雲蝶を尋ねて

石川雲蝶

生まれは江戸。現在の上野〜浅草のあたりにはお寺や仏具店が沢山ありますが、その辺りで彫刻の修業をしたそうです。
本名は安兵衛といいました。

越後に来たのは天保年間(1841頃)と言われており、現在の三条市にあるお寺に縁があってそこを中心に仕事をすることが多かったようです。
雲蝶のお墓もそのお寺にあるそうです。

大まかですが、三条市から国道17号線沿い(昔の三国街道?)の寺社に作品が多い気がします。ちょっと写真は載せられないのですが。

作品は獅子、龍、鳳凰等の動物から、昔話の一場面等々様々です。
実際に見てみるとなんとなく雲蝶の彫ったものは違うなと感じます。
意外に近所の神社やお寺の彫り物が雲蝶のつくったものだったりします。
探してみてください。

個人的に、駅のポスターで時々見かける浦佐周辺にある作品は是非見てみたいのですが。

彫られた作品の動物や物語がどのようなものか?何を意味するのかを深めていくと、当時の地域の方の大切にしていたもの、不安だったことがちょっと感じられるのかも、とおもいます。
動物や物語に対する知識を同時に深めていきたいと思います。  

Posted by きたゆき at 23:36Comments(0)三条市

2011年07月14日

日本海の夕日 柏崎より

先日、柏崎に行ってきました。旧友と久々に会って盛り上がりました。

見慣れた夕日ですが、綺麗でした。癒されます。

私の育った場所は海から遠い所だったので、新潟市に遊びに行くときは必ず海に行っていました。
海岸近くの方にしてみれば、海なんてありきたりと思うかも分かりませんが内陸に住んでいる方にはやはり魅力があるようです。

現に関東住まいの旧友の皆様は大はしゃぎでした。

なので、内陸から新潟県に観光に来る方があったら日本海の夕日を是非見せて上げてください。

ちなみに太平洋側では夕日ではなく海からのぼる朝日が見られるのですが、この感覚も日本海側とは異なるようです。

  

Posted by きたゆき at 21:03Comments(0)柏崎市

2011年07月01日

清水トンネル

















新潟県と群馬県の県境。清水トンネルのお話です。
写真は上越線の下り線。土合(どあい)という名の駅の中です。
山の地下にある駅で改札口から下り線ホームまで徒歩で15分ぐらいかかります。
このような駅をどういった方が利用するのかな?と思っていたら、谷川岳のパンフレットを持った乗客がちらほら。
登山のシーズンに賑わうようです。

新潟、群馬の県境にある鉄道のトンネルは三つあります。一つは上越線の上り列車が通る清水トンネル(昭和6年開通、およそ10キロメートル)。二つ目は写真の下り線用の新清水トンネル(昭和42年開通、およそ13キロメートル)。最後に上越新幹線の通る大清水トンネル(昭和57年開通、およそ22キロメートル)です。
トンネルによっては工事中に冷たい地下水や温泉の噴出に悩まされたそうです。
新清水トンネルと大清水トンネルは、掘削中に岩が飛び出してくる、岩ハネと呼ばれる危険な現象があったそうです。工事中に亡くなられた方も。

しかし、お陰さまで東京〜新潟間がとても速く移動できるようになりました。

今回の地震で東北本線が使えなくなった時期には、東京から上越線経由で日本海側から救援物資を届けたそうです。

ご先祖様に感謝です。






















  

Posted by きたゆき at 18:38Comments(0)中越

2011年06月15日

県北のソーラー発電

電力不足が心配な今年の夏ですが、こんなものを見つけました。

阿賀野市の太陽光発電所
http://www.city.agano.niigata.jp/sandan/megasorl.html

今日はこれにちなんで発電のお話をしたいと思います。

原子力発電は本当のところはリスクもコストも高かった。あれだけ一般にクリーンだと宣伝していたのに。
となると、今一般に良いと宣伝されている自然エネルギーは本当に良い物なのか?今度はちゃんと調べてみようby某ツイッターより
と、いうことで。

この太陽光発電所の発電量は1千kWと書いてあります。他の発電方法と比較すると‥‥

火力発電
ものによって規模がかなり違います。新潟東港の近くにある火力発電所は、1機30万kW〜80万kWだそうです。

水力発電
これも規模の大小がありますが。一例として鹿瀬ダムの水力発電所は2機合わせて10万kWぐらいだそうです。

原子力発電
柏崎刈羽の原子力発電所は原子炉1機あたりおよそ110万kWぐらいだそうです。

※発電力は発電所によって本当にピンからキリなので興味がありましたら色々見てみてください。


今までは主にこれらの発電方法をミックスして発電量を安定させていました。
発電量が不安定だとどうなるか?

ちょっとまえに計画停電がありました。理由としては‥‥‥


発電量が電力需要を下回った瞬間に、電圧低下が発生し広域大停電の可能性がある。それを防ぐために意図的に電力需要を落とせばよい。

といったもの。
いきなり停電すると不安なのは例えば病院、信号機。

お天気任せの発電方法は現在の技術では発電量・電圧維持が難しいので、全てを自然エネルギーに頼るのは難しいかも。

性能の良い蓄電池か何かで自然からのエネルギーを蓄めてコントロールできると、状況は変わってくるのですが。
新技術に期待です。

長くなってしまいましたので続きは後記で。  続きを読む

Posted by きたゆき at 19:30Comments(0)下越

2011年06月06日

山谷古墳

山谷古墳(やまや古墳)
角田山のふもと、東側の林の中にひっそりとあります。

いわゆる古墳時代と呼ばれている時代は3世紀末〜7世紀ぐらい。
この山谷古墳は立て看板によれば、4世紀の中頃にできた前方後円墳だそうです。
当時の権力者のお墓と思われるもので、木製の棺も出土したそうです。
周辺には集落の跡もあるらしい。

大和朝廷ができたのが4世紀頃とされていますから、大和朝廷ゆかりの古墳でしょうか?

新潟市の沼垂のあたりまでが、大和朝廷の勢力範囲だったという説もあります。

写真は「前方後円墳」の「円墳」の部分。
ちょっとわかりにくいですが、写真両隅の段差がなんとなく人工的です。  続きを読む

Posted by きたゆき at 23:31Comments(0)西蒲区

2011年05月25日

阿賀野川と国道と

国道49号線の近くにある道の駅周辺。この道の駅では新潟県の特産品が買えたり、川下りができたりします。
四季を通して景色が良いところです。新緑の季節も良いですが、冬の墨絵のような景色も自分は好きです。

写真左側に高速道路が写っています。この高速のお陰で新潟〜福島はとっても楽に移動できるようになりました。

高速道路が無かった時は国道49号を使いました。昔はトンネルもまともに無かったことがあり、山を登って降りてを繰り返す中々大変な道程でした。

あの頃に比べれば楽になったものです。しみじみ。





  

Posted by きたゆき at 19:54Comments(0)下越

2011年05月08日

ボランティアと避難所

ある知人から聞いた避難所支援(ボランティア)のお話です。

知人の友達の方が新潟県内の某所で支援活動をしておりました。
春の仕事休み期間を利用して避難所で様々なお手伝いをなさっていたそうです。

地震発生直後からしばらくは周囲の人々の関心も高く、十分な人手で行き届いた支援ができたそうです。
しかし、震災から日が経つにつれて、春休みが終るなど支援者側の人の事情により少しずつ支援者人数が減っていきました。
十分な人数が集まる日も少なくなっていったそうです。

ここで、支援者と被支援者の間にすれ違いが起きてしまいました。
被支援者・避難してきた方は最初の行き届いた支援が普通の状態であると感じてしまいました。そのため、支援が十分に行き届かなくなるにつれて、不満足感を感じるようになったそうです。
一方で支援者の方はボランティアのため支援だけでは収入が全くありません。収入、家族、自分のために本業の仕事はおろそかにできません。やむなく支援活動を休む事になります。

この両者の関係が上手く行かず口論になってしまったこともあったそうです。


最近、避難所に関する報道が減ってきていると感じこの話を書きました。

ボランティアのイメージだけだと、大勢が寄って集まって全てを解決してしまうような感じがするかも知れません。
しかし、ボランティアにはボランティア故の弱点も存在します。

そういった、ボランティアの弱点や問題点がメディアを含め、もっと大きな議論になって良いかと思うのですが、なぜかボランティア最強説のイメージだけが一人歩きをしている気がします。  

Posted by きたゆき at 09:34Comments(0)独り言

2011年05月05日

雪割草

雪割草(地方によっては別の花を雪割草と呼ぶことも)
新潟県の草花に指定されているそうです。

自生している場所は主に山の高い場所だそうです。角田山が有名らしい。
花の時期は3月から4月。山間部では雪解けの季節です。
雪割草の花言葉は「ハニカミヤ」

写真は、知り合いのおじいちゃんが栽培しているものを、少し頂いたものです。

ガラスの器に水を入れて花を浮かべただけの簡単なものです。いかがでしょう?

5月ですが、まだまだ寒い日が続きます。お風邪を召されませんように。


  

Posted by きたゆき at 19:50Comments(0)

2011年04月27日

朱鷺(トキ)

宮村堅弥さんが書いた「朱鷺」という本を読みました。(恐らく絶版本)東京神田の古本店でたまたま見かけたので。

朱鷺は新潟県の鳥でもあります。学名はNIPPONIA NIPPON(ニッポニア ニッポン)。この学名は江戸時代末期にドイツの学者さんがつけたそうです。

私は実際にみたことはありませんが、朱鷺の羽というのは大変美しいものだそうです。装飾品のために乱獲された時期があり、朱鷺自身も自然環境の中ではそれほど強い生きものでなく、数が激減してしまいました。

朱鷺の「金ちゃん」をご存じの方、いらっしゃいますか? この本が書かれたのはまだ金ちゃんが元気だった頃です。25年ほど前になります。


当時、朱鷺の保護に関して人工繁殖にかけるか、自然のままに見守るか、大変な悩みどころでした。

人工繁殖と聞くと、確実に増えてくれそうな印象があります。しかし、当時は朱鷺の生態に関しての詳しい知見が乏しく、捕獲しても寄生虫や病気などで突然死んでしまう事が多かったそうです。

だからといって、自然のままにしておけば、心ないハンターに打ち殺されたり、天敵に襲われる危険がありました。冬の餌が少ない時期に餓死することもありました。

本書には様々な思いから朱鷺を守ろうとする方々の奮闘の記録が書かれています。
どのような形で朱鷺を守るか。そもそもなぜ守らなければならないのか?

ちょっと人間のダークな部分も含めて様々な事を考えさせられました。

皆様は新潟県の鳥、朱鷺についてどのぐらいのことをご存じですか?  

Posted by きたゆき at 20:34Comments(0)佐渡

2011年04月17日

村松公園

五泉市村松にある愛宕山山頂より。


桜にはちょっと早かったです。
村松の桜を知っている方は地元やその周辺の方が多いみたいです。


新潟県内で桜の名所と言えば、他に上越高田城公園があります。

村松は小さな城下町で江戸時代は藩もありました。支配地域は現在の五泉市や三条市下田等。三条内に飛び地もあったそうです。
村松の商店街を歩いていると城下町特有のクネクネとした道がありました。



少しずつ春めいてきましたです。
  続きを読む

Posted by きたゆき at 08:17Comments(0)下越