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八色で買ったしいたけ





八色の直売所で購入した椎茸です。
八色しいたけは、そこらの椎茸と比べて大きいのと分厚いので有名ですが、上の写真のものは袋に何も記載がありませんでした。
何らかの理由で規格外だったのでしょうか?
(なので可哀想ながら「八色しいたけ」になれなかった子のようです。)

大きさはご覧の通りで、直径10cm強、厚さ約2cmぐらいでした。



シンプルにバター醤油で蒸し焼きにしました。
食べ応え十分です。通常の椎茸なら一口でおしまいですが、このしいたけはかじってもかじっても無くならない。
きのこだけでお腹一杯になります。

見た目はワイルドですが、味は大変上品でした。

  

2021年04月27日 Posted by きたゆき at 20:39Comments(0)食い物

新潟県の農業事情を調べてみた その6




このシリーズはちょっと難解なお話が続いたので、今日は身近なところからお話していこうと思います。

もしかしたら今回の記事は、お米の需要喚起のヒントになるのでは?
と勝手に考えています。
・・・最後に申し上げますが鍵になるかなと思って描いたのが冒頭のイラストメッセージです。


今日使用するデータは下記になります。
農林水産省 食料需給表 確報 品目別累年表
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00500300&tstat=000001017950&cycle=8&tclass1=000001032890&tclass2=000001151387&cycle_facet=cycle&tclass3val=0

農林水産省 米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針 令和3年2月
https://www.maff.go.jp/j/seisan/keikaku/beikoku_sisin/


身近な話題というのは、一日当たりの食事から年間のお米の消費量を算出したら何か見えるか?というものです。
まず、私、きたゆき は以下のような食事をしております。



平日は基本的に3食ご飯
休日の昼にパン、あるいは禁断症状により、こってり背油ラーメン。
これを計算すると、1年間に93㎏程度、お米(炊飯前の重さ)を食べているようです。
後述のグラフでみると自分意外とお米の消費に貢献していたっぽいです。


一方、農林水産省のデータによると、
日本人一人当たりの「令和元年~2年」の需要実績は、
一人当たり56.6㎏と計算されるそうです。



これを きたゆき の時と同様に計算し、
茶碗一杯100gのお米として私の独断と偏見により割り振ります。上のイラストでも示しているように、

朝食:毎日パン
平日の昼食:ご飯と麺類のローテーション

という風に仮定するとピッタリと計算が合いました。

如何でしょうか?
私もひと昔前までは身に覚えのある献立表(?)みたいになりましたが・・・


この仮定がもし当たらずとも遠からずとすれば、
朝ごはんにお米を選択する余地のある人が実は沢山いるので、そこが狙い目かと思ったわけです。
朝ごはん抜いている方もいらっしゃるでしょうか?

お米の需要喚起を促すには、例えば「朝はご飯で今日も元気に」キャンペーンを
テレビ等で広報してみたら良いのではと思いました。

テレビの食レポでスイーツの内容をよく目にするようになって、
「スイーツ」という言葉(文化??)が定着したような所から見てもテレビの宣伝効果というのは大きいと思うわけです。

有名な俳優さんで家族の朝のひと時を演出し、みんながご飯を食べて行ってきまーす!!とか、
朝、ご飯を食べると健康に良いとか、やりようは如何様にもあるように思います。
※もしかすると海の向こうの某小麦勢力や、トウモロコシ勢力から横槍が入るかもしれませんが・・・


最後に、農林水産省の冒頭で述べたデータをグラフ化したものを示します。

「お米の需要実績、各年、年間、一人当たり」


需要量としては下降の一途のようです。
ご参考になりましたら幸いです。

  

2021年04月26日 Posted by きたゆき at 19:51Comments(0)データで分析 新潟県

石川雲蝶の彫刻を描いてみた その七 「国内のコロナ陽性者数VS空港検疫で陽性となった人数その六」


悪霊退散悪霊退散。

今回の石川雲蝶の彫刻は、
燕市米納津の本徳寺というお寺にある獅子の彫刻です。
いつもより毛並みの立体感を意識して描いてみました。
御堂の入口の柱、向かって左上におります。
構図としては柱に体を巻き付けるような格好で、首から上が紙面左側を向いているような格好でした。



ちょっと恐めのお顔です。



続きましてコロナの状況です。

データソース

厚生労働省
新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和3年4月2日版)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_17860.html

厚生労働省
ホーム > 政策について > 分野別の政策一覧 > 健康・医療 > 健康 > 感染症情報 > 新型コロナウイルス感染症について > オープンデータ
https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/open-data.html

出入国在留管理庁
トップページ > 白書・統計・資料 > 白書・統計 > 統計 > 法務省の統計 > 【統計表一覧】 > 出入国管理統計統計表
http://www.moj.go.jp/housei/toukei/toukei_ichiran_nyukan.html#a01





※ちょっと字が小さくて見えにくいかもしれません。別ウィンドで開いてみて下さい。すみません。

上記グラフはデータソースを元に作成。
左側縦軸は日本国内のコロナ陽性者数(●印)、
右側縦軸は空港検疫でのコロナ陽性者数(◆:外国籍、△:日本国籍 〇:合計)、
下方横軸は月す。
令和2年11月及び12月の陽性者数について。外務省からオーストラリア、シンガポール、タイ、韓国、中国(香港及びマカオを含む)、ニュージーランド、ブルネイ、ベトナム、台湾については上陸拒否対象指定が解除となった。このため、これらの国から入国する人々には入国時のPCR検査は義務でなくなった。上記の入国陽性者数の中にはこれらの国からの入国陽性者数は含まれていないと考えられる。令和3年1月14日より外国からの入国は原則禁止となった。




参考:外務省
新型コロナウイルス感染症に関する水際対策の強化に係る措置について
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ca/fna/page4_005130.html


今までは、「緊急事態宣言解除」・「Go to トラベルの実施」及び「緊急事態宣言実施」・「Go toトラベルの中止」は原則セットで運用していました。
今回初めて「緊急事態宣言解除」「Go toトラベル中止(を継続)」という組み合わせになり、「Go to トラベル」がない時の感染拡大の結果を見ていることになります。


厚生労働省の報道資料にも緊急事態宣言下で海外から入国した人から変異種が見つかったと記載があるので一部ご紹介します。

一例
厚生労働省(令和3年3月24日)
新型コロナウイルス感染症(変異株)の患者等の発生について(空港検疫)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_17600.html


昨年の5月頃のように、一度海外との往来を特段の事情無く禁止にしてみたら劇的にPCR陽性者数は下がるんじゃないかなと思う今日この頃です。


  

2021年04月21日 Posted by きたゆき at 21:49Comments(0)独り言

新潟県の農業事情を調べてみた その5

前回の記事
きたゆきの新潟県放浪記 since 2008:新潟県の農業事情を調べてみた その4
http://yukiyakonkon0809.niiblo.jp/e491553.html



今回は平成元年~平成10年に注目します。
(生産農業所得の顕著な低下が始まった付近)

グラフは以下のデータを参考にしています。
★農林水産省
・新潟県の生産農業所得
・新潟県の米の収穫量
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00500206&tstat=000001015617&cycle=0&year=20180&month=0&tclass1=000001034290&tclass2=000001052259

★総務省
・全国の米類の消費者物価指数
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200573&tstat=000001084976&cycle=0&tclass1=000001085995&tclass2=000001085936&tclass3=000001085996&tclass4=000001085997&tclass5val=0




上記の矢印範囲を拡大したグラフを次に示します。

拡大したグラフに橙色で作況指数も記載します。
(以下を確認してみたいという個人的な興味からの参考値としました)
・収穫量と作況に相関性があるか
・その年の作況を確認する意図

表中カッコ無:全国の作柄 作況指数
参照元:農林水産省「作況指数、10a当たり収量及び一等米比率の推移」
https://www.maff.go.jp/j/study/suito_sakugara/h29_2/attach/pdf/index-10.pdf

表中カッコ付:新潟の作柄 作況指数
参照元:北陸農政局 「平成の米 新潟県」
https://www.maff.go.jp/hokuriku/stat/data/heiseikome/niigata.html



グラフから見て気になる部分として・・・

・①の平成5年の記録的な冷害の時の新潟県の生産農業所得:1,803[億円]
・③~⑥平成7年以降の生産農業所得で①平成5年を上回った年が無い
・③~⑥平成7年以降の作柄 作況指数はいずれも①の平成5年を上回っている
・米類の消費者物価指数は平成6年から減少傾向が続く
・お米の収穫量は平成6年から全体としては減少傾向


結論
お米の出来、不出来に関わらず収穫量、米類の物価指数、生産農業所得は平成6年をピークに低下傾向である。

このような結論から、以前からの結論と同様、生産農業所得の減少にはお米の収穫量と価格(物価指数)の低下が支配的だと推定されます。
平成5年の冷害の時のよりも平成7年以降の生産農業所得が軒並み低いといのもちょっと意外な結果でした。


平成5年~現在付近の分析については下記の記事で記載しましたので、恐れ入りますがそちらをご参照頂ければと思います。

きたゆきの新潟県放浪記 since 2008:新潟県の農業事情を調べてみた
http://yukiyakonkon0809.niiblo.jp/e491443.html


リンク先の記事でも話題に挙げましたが、お米の価格が平成6年をピークに減少傾向が見られます。

ちょっと中途半端な感じもしますが、今回はこの辺までとさせていただければと思います。

次回からは、お米の生産量の決め方等のお話ができればと考えています。

  

2021年04月19日 Posted by きたゆき at 20:19Comments(0)データで分析 新潟県

小林虎三郎の興学私議を読んでみた 1 ~はじめに~



「米百俵」のエピソードで有名な小林虎三郎ですが、虎三郎が書いた「興学私議」という論文があり、少しずつ読み進めています。これは「諸外国に負けないためにはどうするか?」「教育及び教育の仕組みはどうあるべきか?」という課題に対する小林虎三郎の考えを論じたものになります。

資料としては、
「山本有三 著 米百俵 小林虎三郎の思想」に漢文の原文と書き下し文が記載されており、これを漢和辞典片手に読み解いております。

長岡市立中央図書館のホームページにも原文と書き下し文が読める場所があります。
以下リンクです。

ながおかネット・ミュージアム
https://opac.lib.city.nagaoka.niigata.jp/museum/kyushidouikou/yomikudashi/bun02.html

※難解な熟語の解説がリンク切れ?になっているのが少しもったいないような気もします。



本件を調べようと思った動機は、
「教育が大事なのは分かるけど、どんな教育をしてどんな人材を育てれば良いの?もっと具体的に知りたい」
という興味。

そして、「明治維新、やったは良いが、庶民の暮らしは良くなった?」という疑問へのヒントになるのでは?という思い。

この2つが大きいです。


この「興学私議」は中々の長文で、どのようにブログ記事に記載しようかと考えました。
結果、
1回目.私の動機と「興学私議」が書かれたの時代背景をご説明させていただく
2回目.興学私議の本文の私なりの現代語訳(前後半等に分けるかもしれません)
3回目.考察
といったような形で整理しようかと考えております。
よろしくお願い致します。


それでは本題に入ります。
動機につきましては、既に申し上げましたので「興学私議」が書かれた時代背景を、
「山本有三 著 米百俵 小林虎三郎の思想」の ~隠れたる先覚者 小林虎三郎~
を参考に記載致します。

小林虎三郎は23歳で江戸に行き、その翌年に佐久間象山の門下で勉強を始めたとのことです。
ちょうどその頃ですが、
嘉永6年(1853年)に黒船来航
嘉永7年(1854年)吉田松陰が渡航失敗して投獄
というような出来事が起きていました。

小林虎三郎は、師匠の佐久間象山の意向もあり、当時老中だった長岡藩の牧野の殿様や大老の側近に横浜の開港を説いて回りました。
これが当時の安部大老の怒りに触れ、大老から牧野の殿様には「書生の分際でけしからん!」と言うような言葉があったようです。牧野の殿様もこうなっては虎三郎を江戸に置いておけなくなり、長岡に返したということです。

長岡に帰った虎三郎は謹慎となり、不幸にも難病にかかってしまいます。しかし、それでも筆は置かずに……という中で書かれた論文が「興学私議」になります。

この記事の続きは興学私議の内容について準備ができたらアップします。連休明けぐらいになるかもしれません。

半分以上は自分の興味から調べておりますが、もし本ブログの読者様にもお役に立ったり、楽しんでいただけるような内容にできたらうれしいな、と思いつつ整理して参ります。


  

2021年04月12日 Posted by きたゆき at 20:19Comments(0)長岡市

マグロの剥き身とかんずり





新潟の皆様なら御用達のかんずりについて、
マグロのすき身に一手間加えると美味しくなる(と勝手に思っている)レシピです。
かんずりの辛味と塩麹の風味が良い仕事をします。
参考材料分量は下記の通りです。

マグロのすき身:100g
醤油:大さじ1/2
ゴマ油:大さじ1/2
砂糖:小さじ1/2
かんずり:お好み

とりあえず、醤油、ゴマ油、砂糖、かんずりをよく混ぜます。混ざったタレをマグロのすき身にかけて、さらに良く混ぜて出来上がりです。


※分量は目安です。
材料はお好みの割合でやった方が失敗が少ないと思うので、タレ混ぜ合わせながらタレの味を確認しつつ、且つ少しずつマグロのすき身にタレを混ぜながら味調整することをお勧めします。

このタレですが、マグロの赤身の漬け丼にも応用できました。

よろしければお試しください。
ご飯と一緒に頂くと良いと思います。

  

2021年04月06日 Posted by きたゆき at 22:37Comments(2)食い物

三島億二郎日記をよんでみた その2



三島億二郎日記を読んでみた、の二回目です。

今回は
明治19年3月10日 (第二回北遊記の2)
からご紹介致します。

当時の日本の鉱山産業の実態と(前半部)、
当時の不景気の要因分析に対する所感(後半部)が書かれています。

無い頭で漢和辞典を片手に読んでみました。
およそ以下のような内容でした。

前半部
---------------------------------------------------

★石炭産地の主な場所(カッコ)は現在のおおよその地名

 〇九州
  -三池(熊本県大牟田周辺)
  -高島(長崎県高島町)
  -筑前(福岡県)
  -多久(佐賀県多久市)
  -唐津(佐賀県唐津市)
  -今福(長崎県松浦市付近)
 〇羽後
  -油戸(山形県鶴岡市)
 〇北海道
  -幌内
 〇中国
  -長門・船木(山口県宇部市)
 〇南海・四国
  -小豆島
 〇東国
  -磐城(福島県)
  -茨城(茨城県)

坑業の進捗や産出量の増加は年々見張るものがある。
明治16年の産出高は907539ton 2,623,570円
この内海外輸出は 389541ton 1,357,935円

★銅産地の主な場所
 〇下野足尾 (栃木県足尾)
 〇伊予別子 (愛媛県新居浜市)
 〇越後草倉 (新潟県阿賀町)
 〇羽後阿仁 (秋田県秋田市)

これらに次ぐもの
 〇越前面谷 (福井県大野市)
 〇飛騨神岡 (岐阜県飛騨市)
 〇大和・玄里(奈良県??町)
 〇陸中尾去沢(秋田県鹿角市)
 〇美作瀬戸 (岡山県美作)
 〇長門蔵目喜(山口県山口市)
 〇備中吉岡 (岡山県高梁市)
    帯江 (岡山県倉敷市)
 〇羽後荒川 (秋田県大仙市)
    卒田 (秋田県??町)
 〇加賀尾小屋(石川県小松市)
 
明治16年算出 1176999千斤(1斤≒600g) 736,076円

★銀産地の主な場所
 〇岩城半田 (福島県国見町)
 〇佐渡相川 (官坑)
 〇飛騨上岡 (岐阜県飛騨市)
 〇但島生野 (兵庫県朝来市)(官坑)
 〇羽後院内 (秋田県湯沢市)
 〇陸中軽井沢(福島県河沼郡柳津町)
 〇播磨大立 (兵庫県養父市)

明治16年算出 4383貫881目 928,119円

輸出760,046円 輸入2,352,511円 輸入超159万余
------------------------------------------------------
前半部以上

改めて日本って全国各地に鉱山資源があったんだなというのが新鮮な感覚です。
地名とか見てますと、〇〇財閥とか〇〇製作所とかにつながるものも見られます。

当時の鉱山資源の輸出内訳みたいなものがないのかさがしてみたところ、
経済産業省のHPにこんなものがあったのでご紹介します。

経済産業省
統計>本邦鉱業のすう勢調査>本邦鉱業アーカイブス
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/honpouko/tokei.html

この三島億二郎日記が書かれたころより十年以上後のデータなのでそのものズバリではないですが、
なんとなく雰囲気が感じられればと思います。


引用データは以下の通りです。
「明治三十九年 本邦 鑛業ノ趨勢」
「-第四章 鑛産物の輸出入」の内、明治36年と記載のあるデータ






明治36年の輸出額の内訳を見てみると石炭と熱銅が主力の輸出品だったことが分かります。


次に、世界での石炭及び銅の産出量を示します。
「明治三十九年 本邦 鑛業ノ趨勢」
第三章より、明治36年と記載のあるデータ











このデータは「ミ子ラルインダストリーより摘載す」とありますので、当時の人が、
資料を抜粋して作成したものだと思います。

石炭については北米、イギリス、ドイツがぶっちぎりですが、日本が8番目に記載されています。
本資料にも「本邦ハ實ニ第八位ヲ占ム」と記載があります。

銅については北米がぶっちぎりですが、意外にも日本が上位にいます。
銅山と言えば栃木県の足尾銅山が有名ですが・・・


ちなみに下記のような資料もあり・・・

幕末、明治初期における石炭輸出の動向と上海石炭市場
杉山伸也著
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sehs/43/6/43_KJ00002434370/_pdf/-char/ja

当時は船が物流の主力で動かすための燃料は石炭でした。
という背景があり石炭は重要な資源でした。
さらに、輸出先の上海では日本の石炭のシェアはバカにならない割合だったようです。


ここから後半部になります。
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不景気の原因

紙幣の減縮、政治費用の増加、このため農民の購買力が減少した。
金価の高騰、貨物供給増加のために輸出品の価格が減少した。
農業者、商業者、工業者の(経済力)が弱る理由である。


封建時代に米が貨幣のかわりの役割を成していた時の効用はどれほど大きかったであろうか。
我が国では雇人の報酬を米で支払い、借金の返済にも米を使い、その他効用が大きかった。
このような状態であったから、貨幣が少なくても用事は足りていた。
今から報酬を全部貨幣で支払うとなった場合、貨幣が大体2億ぐらいとなるのではないか?
私の見立てでは1億2~3千は不足していると思う。米による給料支払いと金による給料支払いで、
後者と取るならば、給料を受け取る人はこの後、財布が空になる心配をするようになる。
これを放置してそのままにしておくと極貧となる原因になる。
外国にこのような疲弊の例はあるのか?

封建時代の納税は決して軽いものではなかった。
しかし、不作やその他予期せぬトラブルの為に庶民の生活に不安が出れば、減税・免税の実施や、
手当を施すこともあった。翌年の収穫があるまで養うこともあった。
これが税が重くとも農民が耐えられた理由である。
今、これに反する減税が必要となる次第だ。
地券証となってから農民の浮沈はひどいものだ。
------------------------------------------------------------------------------
後半部以上

地券について
※国税庁
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/network/152.htm
抜粋「、明治政府が明治6年以降行った税制改革であり、農業生産者に米などを物納させる年貢(旧地租)に替えて、土地の所有者に税金(新地租)を課すものであった。」

所謂「地租改正」というものの影響の話かと思います。
奈良時代とか律令政治がとか言われていた時代、もしかしたらもっと古い時代から、農業者はお米を税として納めていました。
それが、明治の世になって貨幣で納めるように変えられたというものです。

これによる庶民の混乱や疲弊について、三島億二郎は述べられているのだと思います。
私も三島億二郎と同様、当時の欧米の庶民がどんな暮らしをしていたのか気になりました。

私の三島億二郎日記の研究テーマの一つとして、
「明治維新 やったは良いが 庶民の暮らし よくなった?」
という疑問があります。

この辺りもデータや文献などから裏付けが取れたら面白いかなと思います。
引き続きコツコツ進めて参ります。
  

2021年04月02日 Posted by きたゆき at 18:52Comments(0)独り言長岡市データで分析 新潟県